徳川家で唯一拝観できる松戸にある戸定邸レポート

NHKの大河ドラマ「青天を衝け」で登場する徳川慶喜。その異母弟「昭武(あきたけ)」(1853ー1910)が作った住まいである戸定邸が、国内で唯一般公開されています。

しかも、建物は国指定重要文化財で庭園は国指定名勝に指定されているではないですか。

建物と庭園がダブルで国指定でしかも松戸市にあるとは、まさに観覧に行ってこいと言っているようなものです。

徳川昭武は、1867年のパリ万国博覧会に将軍名代として派遣され「晴天を衝け」の主役「渋沢栄一」も昭武に同行していて、我が家では正に話題のど真ん中(笑)。

実際に観覧してみて、300坪程の庭がある家が欲しくなった、戸定邸をレポートしたいと思います。

戸定邸・旧徳川昭武庭園の概要

戸定邸が国指定重要文化財に指定されたのが、2006年7月5日(平成18年7月5日)で、旧徳川昭武庭園が国指定名勝に指定されたのが、2015年3月10日(平成27年3月10日)です。割と最近なんですね。

戸定邸の概要
  • 国指定重要文化財:戸定邸
  • 国指定名勝:旧徳川昭武庭園
  • 建主:徳川昭武
  • 落成日:1884年4月
  • 延床面積:725㎡
  • 構造:純和風 木造平屋一部二階建
  • 入館時間:午後9時30分~午後4時30分(午後5時閉館)
  • 入館料:戸定邸・歴史館共通入館券(一般320円)、戸定邸入館券(一般250円)
  • 休館日:月曜(祝日・休日の場合は開館し、翌日休館)、年末年始

延床面積725㎡は約220坪。ピンと来ませんか?90㎡のマンションが8部屋分。普通のマンションの1層分くらいの広さがあります。詳細については、国指定文化財等データベースで紹介されています。

戸定邸の概要

まずは、建物である戸定邸から。全部で8棟にわかれています。

戸定邸平面図

図面右側が北になります。

  1. 表座敷棟:建築面積176.83㎡、北面雪隠付属、桟瓦葺及び銅板葺
  2. 中座敷棟:建築面積56.87㎡、桟瓦及び銅板葺、南面表座敷棟に接続
  3. 奥座敷棟:建築面積47.93㎡、西面雪隠附属、桟瓦葺及び銅板葺、南面中座敷棟に接続
  4. 離座敷棟:建築面積60.87㎡、南面渡廊下・北面雪隠附属、桟瓦葺及び銅板葺
  5. 玄関棟:建築面積129.01㎡、桟瓦葺及び銅板葺、北面台所棟に接続
  6. 台所棟:建築面積96.01㎡、一部二階建、東面雪隠附属、桟瓦葺及び銅板葺、西面中座敷棟に接続
  7. 湯殿:建築面積17.79㎡、西面渡廊下・南面塀附属、鉄板葺
  8. 内蔵:建築面積9.92㎡、二階建、蔵前廊下附属、桟瓦葺

内蔵だけ土蔵造りで他の棟は木造です。8棟が3区画にエリア分けされていて、来客や他家との交際に使う区画、家族が暮らす区画、職員のための区画になっています。

広い。。。

図面を見てもわかりますが、雪隠付属となっているのが、トイレ付属ということです。表座敷、奥座敷、離座敷、台所の4棟トイレ付です。総勢何人くらい住まわれていたんでしょう。

実際に見学出来るのが「台所棟と内蔵二階と玄関棟の板の間、使者の間」以外です。受付が玄関棟なので玄関棟から観ていきます。

玄関棟

戸定邸玄関棟

玄関は間口二間で開口部分が1間あります。1間は1.82mなので広い玄関ですね。下足はビニール袋に入れて建物内に持参します。表座敷から庭園に出る時に必要です。

玄関棟で、体温測定、消毒、入館料を支払います。玄関棟に隣接する台所棟は見学出来ないので、まずは表座敷棟に向かいます。

内蔵棟

内蔵棟

表座敷棟に向かう途中にある内蔵棟です。蟹牡丹唐草文鉢(かにぼたんからくさもんばち)とあります。「金魚の飼育や睡蓮を育てるのに使われたのでしょう」と記載されています。

奥に写っているのは、葵の御紋です。写真がボケてて見えませんが「葵紋付長持(あおいもんつきながもち)」でしょうか。長持は衣装や日常使う道具や家具を入れておく蓋付の箱です。

中庭

中庭です。中庭越しに見えるのが台所棟。欄間が和紙ガラスですね。廊下天井部にも光が入り込むので明るくなりますね。

廊下(玄関棟→表座敷棟)

戸定邸表座敷に向かう廊下

表座敷に向かう廊下の中庭側の欄間からも光が差し込みます。天井は、垂木と野地板が表しになっています。

廊下(表座敷棟→中座敷棟)

戸定邸廊下

表座敷棟の二の間前の廊下から中座敷棟の衣装室方向を見ています。衣装室の廊下側の壁に障子窓がありますね。視線が抜けて奥行が感じられます。衣装室へ中庭からの光も取り込めます。

表座敷棟

表座敷棟の二の間

手前が二の間、右手奥が客間、庭に面して入側です。入側って何?と思うかもしれませんが、縁側の種類の一つです。外縁、内縁、入側縁などがありますが、一番外側の柱が側柱で側柱から1間内側の柱が入側柱と呼び、側柱と入側柱の間を入側と呼びます。

また、一番大切なお客さんしか客間に入ることができず、二の間はその次に大切なお客さん用だそうです。

二の間から中庭方向に振り替えるとこんな感じです。写真右奥に人が写っていますが、そこが玄関棟。

二の間の欄間

二の間と客間の欄間です。

中の間の欄間

ここは何の間でしょうか。中の間と書斎側の欄間です。

表座敷棟の客間

客間に戻ります。書院造ですね。天袋・地袋は金箔貼りで豪華で、床柱や床框が重厚感がありますね。違い棚がないのが簡素な感じもしますが、そのせいか天袋と地袋に目が行きます。

表座敷の床の間

床板は格式の高い床畳を用いてあります。全体的に装飾が省かれていますね。付書院もありません。

表座敷から観た西側の庭園です。富士山が見えるようです。この日は午後で雲が多く発生していて見えませんでした。

御居間

書斎

ここは、客間に隣接する書斎です。屋敷の主人である昭武公が暮らす部屋「御居間」です。床の間に地袋が設えてありますね。

御居間
中の間から中庭を見る

書斎の隣、中の間から中座敷棟の庭を見ます。

廊下をウロウロ

戸定邸廊下

廊下に出て右側に向かうと中座敷棟、奥座敷棟、湯殿棟、離座敷棟です。

廊下に出て左側です。細い廊下があると行ってみたくなりますね。

振り返ると廊下の長さが良くわかります。掃除大変だろうなあとか、思っちゃいますね。

書斎北側にある部屋です。説明書きを見ると「この部屋は、明治時代からあったものではなく、大正十年以降の増築部分です。昭武公の孫夫婦は新婚生活時代に、朝の洗面所として使っていました。床に膝をつき、かがんで洗面を行い、引き出しの中に入っていたタオルで顔を拭いていたそうです。」とあります。

写真手前左側が書斎、奥左側が客間の隣の入側です。ここは内縁ですね。庭園に出る前に中座敷棟に向かいます。

中座敷棟

中座敷棟

中座敷棟は増築だったようです。子供のために増築されその後、衣装部屋、化粧部屋として使用されたのが中座敷棟ではないかと考えられているようです。

衣装部屋

衣装部屋から中庭前の廊下が見えます。

奥座敷棟

奥座敷棟

奥座敷棟の座敷です。なぜかこの1枚しか撮影していませんでした。。。

奥座敷棟は、本来なら主である昭武公の部屋ですが、客間の北側を居間として利用していたため、後妻の斎藤八重さんの居間として使われていたそうです。

別名「八重の間」だそうです。

湯殿棟

渡廊下

勾配のついた渡り廊下の先には、湯殿棟があります。

湯殿

浴槽は昭和初期頃のもので、昭武公の時代のものではないそうです。

簡素化を旨とする戸定邸の中で最も豪華な回し張りという技法の天井で、幅83cmの杉板が張られています。

湯殿天井

当初は浴槽がなかったことから杉板張りにしていたのでしょうが、浴槽を設置してからは、天井の杉板はカビなかったのでしょうか。

大きな窓があるため、換気はバッチリだったのかな。

窓を覗くと中座敷棟が見えます。屋根が複雑ですね。台所棟の切妻の上に屋根があり、さらに寄棟があるといった感じでしょうか。難しいですね。

離座敷棟

渡り廊下

奥座敷棟と離座敷棟をつなぐ渡廊下です。まあまあ勾配のある廊下です。そういえば勾配のある廊下って古い旅館やお寺さんなどでしか見たことがありませんよね。広い敷地でいくつかの棟を廊下でつなげば、高低差が解消できます。

離座敷棟

戸定邸落成の2年後に増築された建物で、1886年11月に生母・秋庭の離れです。秋庭は水戸藩9代藩主・斉昭の側室です。

竹の欄間

雀があしらわれた欄間

こちらの欄間は蝶があしらわれています。

地袋棚の上部には、出窓があります。

スマホでササっと撮影するだけでも、絵になりますね。

次の間から茶の間を見ています。これで見学できる箇所は一通り見終わりました。

中座敷棟と台所棟の間の廊下を通り、庭園に出るために表座敷棟に戻ります。中庭に面して収納があります。

棚上部に窓を設置して、採光に気を配っています。

表座敷棟に戻ってきました。ようやく庭園の散策です。広くて見学するのも大変ですね。

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